上京区

「うん、だが、もうすこしがまんしよう。ひょっとしたら、夜になってから、やってくるのかもしれないからね。」水道君が、水道をなだめるように、ささやきかえします。それから、しばらくして、四時五十分ごろでした。トイレつまり 上京区の壁の一部が、スウッと動きはじめたではありませんか。ふたりは寝そべったまま、ぐっと手をにぎりあって、そのほうを、いっしんに見つめました。しばらくすると、北がわの壁に、ぽっかりと、四角いまっ黒な口がひらいていました。はば六〇センチほどのかくし戸が、むこうへひらいたのです。そして、そこから、ヌウッとすがたをあらわしたのは、なんと、シンクさんのうちの、トイレつまり 上京区だったではありませんか。のぞいていたふたりは、びっくりしてしまいました。いったいこれはどうしたことでしょう。それでは、書生の山本さんが、トイレのなかまだったのでしょうか。いや、そんなはずはありません。いまから十分ほどまえ、水道君が便所へおりていったとき、一階の廊下で山本さんと出あったばかりでした。